おせっかい


和谷とヒカルをくっつけようとする冴木


「進藤、俺と付き合わない?今俺フリーだし」
俺がこう言ったのは、このまま弟弟子の和谷が、塔矢アキラに進藤ヒカルを取られて森下先生の怒りを招き、そのとばっちりを食らうくらいなら……という軽くて深刻な気持ちからだった。
「いいの?」
進藤は何故か俺の横の芦原四段を見て遠慮がちに聞いた。
芦原四段はにこやかに応じる。
「俺には何の遠慮もいらないよ」
「ならいいけど〜和谷は?塔矢どうするの?」
エレベーターの前でまだ固まってる和谷と塔矢を見やる進藤。
『なら(?)いい』と同意しといてまだ、
同期やライバルを気にするとは聞きしにまさる天然だ。

「あんなオコサマなヤツら放っとけばいい」
「……付き合うって、もしかして男女交際とか、そういうこと?」
さっきまでの俺の言葉を何だと思ってた?
「だってメシの話だと思ってたし」
そうか進藤は色気より食い気か……て、和谷のことはもしや眼中になしか。
「進藤、お前とは色々と話したいこともあるから、今日の所は一緒にメシにしよう」
「おごってくれる?」
「誘ったの俺の方だからな」
「やった」
頭上に音符マークが見えるような上機嫌で応じる彼女。
喜怒哀楽がはっきりした子は俺の好みだ。
喜んでるのが食い気故だとしても。
「冴木く〜ん、俺の飯もおごってくれる?」
「いやです」
各々の弟弟子を放置して、兄弟子二人は進藤を昼食に連れていった。

「そんなわけで塔矢門下と森下門下はライバルなわけだ」
「俺と芦原さんも同期だからってうちの先生にライバル同士にされちゃってさ。実際そうだけどね」
先に五段になれと言われている身としては今日の芦原四段との対局は落とせない。
「うちは先生は何も言わないけど緒方さんあたりが無言で圧力かけてくるよ」
森下門下と塔矢門下の事情についてレクチャーし、塔矢と付き合ったりしないように釘を差したつもりだった。
しかし。

「え、塔矢と碁会所で打ってきたって?」
その日の夜、進藤に電話をかけたら、思いがけないことを打ち明けられた。
「冴木さん、こういうのって森下先生が知ったら怒られる?」
「当たり前だ」
あ、しまった。禁止にすると妙に燃え上がったりするかもしれない。
「いや、俺や和谷には言っていい。先生には内緒にしておくから」
「白川先生は?」
「あの人もOK。むしろ言っておけばフォローしてくれる」
「そっか〜」
「で、塔矢と打ってどうだった?勉強になったか?」
「うん、すっごく楽しかった。ちょっと口ケンカになっちゃったけど」
それから小一時間、塔矢の話を聞かされる俺。
和谷、いつもこんな風だったのか。不憫なやつ。
「ところで明日、俺と出かけない?」
「学校行くからその後なら」
「迎えに行くよ、終わるの何時?」

翌日の木曜日。
学校から出てきた進藤を車に乗せ適当にそこら辺をドライブ。
「こないだは対局日だったし打ちかけで昼メシだったけどさ、今日も俺の誘いに応じたってことは、進藤に本気になっていいのかな」
「……冴木さんこそ、オレみたいなコドモに本気かよ?」
確かに5才の年齢差は大きい。
「割りと本気」
「『割と』てなんだよ?」
「進藤がまだ15才だから。俺は進藤が大人になるのを待ってていいのか?」
18才(あるいは16才)になるのを、じゃなく、大人になるのを。
「オレがコドモだってのは判ってる。きっと何年経ってもオレはコドモだよ。冴木さんにとって」
「自信ないなら俺が大人にしてやろうか?」
我ながら台詞が親父くさい。進藤も同感だったようで
「車の中で二人きりでそう言われると引くよ?」
「やっぱり?」
判った。俺じゃ駄目だ。
「冗談にしといてくれる?俺が言ったこと。お互いと森下先生の門下のために」
「ち、冗談か」
「なんだその反応は」
「大人になったら和谷を見返してやれるかなって」
ほほう?
「和谷も大概コドモだからなぁ?」
「そうだろ?冴木さんもそう思うだろ?」
「お前とはお似合いだ」
進藤の頬がピンクに染まった。
なんだ、和谷に脈ありだったんじゃないか。
「あいつ、オレをコドモ扱いするんだ」
俺爆笑。
「不肖の弟弟子で悪かった、進藤」
「いいんだけどさ……」
「ま、お前らは二人とも、早く大人になってくれ。見ててそう思う」
進藤の顔がぱあっと明るくなった。
「ありがとう、判ったよ!」
ん?

次の土曜日。森下先生の研究会がある。
進藤の隣に座って不自然な程に幸せそうな和谷を見て、進藤が和谷とようやく気持ちを通じ合わせたことが判った。
二人にあれこれ世話を焼いた甲斐があった。
万が一塔矢なんぞに進藤を取られたりしたら、森下先生の怒りの鉄槌が門下に下る。
もう俺に出る幕はないだろうが、和谷が暴走して進藤の棋戦に支障が出ないように釘を差す必要はあるだろう。

それからしばらくして、俺の対局のある水曜日。
和谷や進藤、芦原四段と塔矢アキラも対局が重なっていて、この5人で一緒にメシを食うことになった。
芦原四段に誘われたのだ。

「進藤クン、最近きれいになったねぇ」
芦原四段、メシに誘ったのは、そんな親父くさい台詞を言いたかったからなのか。
「芦原さんが進藤を『くん』付けで呼ぶのはどうかと思うけど」
塔矢アキラ、そこに突っ込むか。
「おい塔矢、オレの前で進藤を呼び捨てにするな」
いい詰めだがまだ甘い。『オレの彼女を』だろう、そこは。
「じゃあ『進藤さん』?」
「塔矢ヤメロ。今まで通りでいい」
進藤、頼むから和谷の顔を見てやってくれ。
ちょっとフォローするつもりで俺は言った。
「和谷こそ呼び方変えないのか?進藤も」
「「今は仕事だから」」
よし、息がぴったり合っている。
「な……」
「仲がいいねぇ」
俺が言おうとした台詞を芦原四段が言った。

彼はいつものにこやかな表情を浮かべている。
だがいつもと少し違う。違和感を覚えるのは何故だろう。
「じゃあ、進藤クン、もう緒方さんみたいな人に夜中ほいほい部屋までついてったらダメだよ〜」
「「「!!!」」」
芦原四段と進藤以外のその場が凍り付いた。

「も〜いつの話してんだよ」
俺も知りたい、それはいつのことだ。緒方九、いや十段の部屋まで?
「俺も進藤クンに寝顔見られちゃったからなぁ。忘れてよ?」
「忘れたよ〜もう覚えてないって」
俺は和谷の背後にブリザードが吹き荒れているのが見える気がした。

どうフォローしてやればいいか判らず、爆弾台詞を投下した張本人を睨む。
芦原四段は相変わらず笑顔を浮かべていた。
「……ただの盤外戦だよ?」
さっきの違和感は気のせいじゃなかったのだ。
俺はもう芦原さんのメシの誘いには金輪際乗るものかと心に決めた。