佐為の話


佐為が覚えていること


 お上の御前で行われる碁で手加減する事を条件に、私はその者の心を得ようとした。その者もそれを承諾した。私は白石を持ち、その者以外の誰にも判らぬように、微妙な所で最善の手を打たずに手合いを進め、それで勝負はその者の勝利に終わる、そのはずだった。
『そなた混じっていた石をアゲハマに入れたな?』
 最初、その言葉の意味が判らなかった。御前でのみにくい争いにお上は不機嫌になり、私はその者の真意を量りかね、その手合いは私の負けに終わった。
 そして知った。お上には年頃の皇女がいらっしゃって、その者はその婿がねに望まれていたのだ、と。碁の勝負で私が不正をしたように周囲に思わせたのは、私の気持ちを知っていて利用し、更にその後付きまとわれる事のないようにするためだった。私はお上の前で不正を働いた者として宮中を追われていた。

 そのような不実な男に身も心も捧げてしまい、碁の道を汚してしまった自分が悔しかった。碁の他に生きる術もない白拍子の私は…彷徨った山中の冷たい沼に、身を投げるしかなかった。




 気付いた時には碁盤の中にいた。
『ここに誰かいるの…?』
 碁盤のそばに佇む子供の声が聞こえた。
『私は…ここに…いる』
『こんな所にいらっしゃるあなたは碁の神様?』
 無邪気な問い掛けに、私の心を貫いていた氷が溶けていく。
『いいえ…そなた、碁が打てるのか?』
『はい!お願い、碁の神様。私に碁を教えて下さい。私はもっと強くなりたいのです』
 それが秀策との出会いだった。

 秀策が流行り病で亡くなるまで、私達は碁を打ち続けた。

 秀策が亡くなってしまって、私は途方に暮れた。秀策がいないのに、碁盤の中でまた長い時を過ごさねばならないのか。心が乱れた。
『秀策と碁を打ちたい』
 声を限りに叫んでも、答えてくれる者はいなかった。秀策が私のように成仏できずに同じ碁盤に宿ってくれたらいいのに。しかし、彼は自分の人生に悔いはなかったのだろう。



 私の宿る碁盤は、人の手を転々と渡り、ある家の古い蔵に収められた。その前に僧侶が碁盤に経を上げた。それは私の心を鎮めるための経であるらしかった。参ってくれたのは、その家の主人夫婦と、息子夫婦、その妻の胎内には、未だ生まれぬ赤子の魂が感じられた。女の子の魂。
 この女の子は、どんな人生を歩むのだろう。幸せなものであるように、私は願った。決して私のようにはならないように。いい人と巡り合えますように、私は祈った。



 生まれた女の子は、『ヒカル』と名付けられた。ヒカルが私と出会えたのは、彼女の12才の誕生日だった。



怪談